裁判の概要
2007年、認知症高齢者の男性がJR東海の運行する電車にはねられる事故が起こりました。
事故を起こした認知症男性の妻と長男が損害賠償金7,197,740円及び遅延損害金の連帯支払を求められた裁判。
妻と長男が、民法709条又は714条における監督義務者又はこれに準ずべき者に当たるか否か等が争われました。
最高裁は「妻、長男ともに監督義務者又はこれに準ずべき者に当たらない」として、JR東海の訴えを棄却しました。
最高裁判決文を読んで感じたこと
「監督義務はない」とした判決に正直ほっとしたけれど、疑問や不安が残ったのも事実です。
頑張って真面目に介護すればするほど、介護に関与すればするほど、監督義務が問われるってことなのでしょうか?
民法709条と714条
争点となっていた民法条文は以下の通り。
民法709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
民法714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
- 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
- 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
注:前二条とは
712条(未成年者の責任能力)
713条(精神障害者の責任能力)
判決の概要
妻も長男も「監督義務者もしくは準ずべき者」に当たるとはいえず、賠償金等の支払義務は生じない。
妻は「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」「法定の監督義務者に準ずべき者」に該当しない
配偶者だからといって、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にはならない
- 民法752条は、夫婦の同居・協力及び扶助の義務について規定している。しかし、これらは夫婦間において相互に相手方に対して負う義務であって,第三者との関係で夫婦の一方に何らかの作為義務を課するものではない。
- 精神障害者と同居する配偶者であるからといって,その者が民法714条1項にいう「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に当たるとはいえない。
特段の事情がなければ「法定の監督義務者に準ずべき者」にはならない
- 妻は夫と長年同居しており、長男とその妻、長男の妹の了解を得て本人の介護に当たっていた。
- 事故当時85歳で左右下肢に麻ひ拘縮があり要介護1の認定を受けており、夫の介護も長男の妻の補助を受けて行っていた。
- つまり、妻は夫の第三者に対する加害行為を防止するために夫を監督することが現実的に可能な状況にあったとはいえないため、監督義務を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
- したがって、妻は、精神障害者である夫の法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
要するに、「夫婦だからといって「監督義務者」にはならない。妻は要介護認定を受けていて監督することが困難だったので、「監督義務者に準ずる者」にも該当しない。」ということですよね?
じゃあ、もしこの奥さんが元気で要介護認定も受けていなかったら「監督義務者に準ずる者に当たる」と判断される可能性もあったということでしょうか?
長男は「法定の監督義務者に準ずべき者」に該当しない
特段の事情がなければ「法定の監督義務者に準ずべき者」にはならない
- 長男は、父の介護に関する話し合いに加わり、長男の妻が父母宅の近隣に住んで、母による父の介護を補助していた。
- しかし、長男自身は、横浜市に居住・東京都内で勤務していて事故まで20年以上も父とは同居していなかった。
- 事故直前の時期においても1ヶ月に3回程度週末に父母宅を訪ねていたにすぎない。
- そうすると、長男は、父の第三者に対する加害行為を防止するために父を監督することが可能な状況にあったということはできず、その監督を引き受けていたとみるべき特段の事情があったとはいえない。
- したがって、長男も、精神障害者である父の法定の監督義務者に準ずべき者に当たるということはできない。
要するに、「同居していなかったから、「監督義務者に準ずる者」には該当しない。」ということですよね?じゃあ、もし長男が同居していたら「監督義務者に準ずる者に当たる」と判断される可能性もあったということでしょうか?
「監督義務者に準ずべき者」とは
判決の中で、「監督義務者に準ずべき者」について述べられています。
一文が長いので箇条書き抜粋します。
- 法定の監督義務者に該当しない者であっても、
- 責任無能力者との身分関係や日常生活における接触状況に照らし、
- 監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、
- 法定の監督義務を負う者と同視して民法714条に基づく損害賠償責任を問うことができる
その上で、
- 法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、
- その者自身の生活状況や心身の状況などとともに、
- 精神障害者との親族関係の有無・濃淡、
- 同居の有無その他の日常的な接触の程度、
- 精神障害者の財産管理への関与の状況など
- その者と精神障害者との関わりの実情
- 精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容、
- これらに対応して行われている監護や介護の実態など諸般の事情を総合考慮して、
- その者が精神障害者を現に監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易であるなど衡平の見地から、責任を問うのが相当といえる客観的な状況が認められるか
判決文を読んで生じる疑問と不安
最期の一文、気になります。
「介護者が認知症の人を監督しているかあるいは監督することが可能かつ容易である」なら、責任を問うってことですよね?同居していて介護に支障がない程度に健康なら、出来うる限り最大限の介護を行っていたとしても、いやむしろ行っているからこそ監督義務はばっちりありますよ、ってことですよね?
監督責任がないとか免れたい、ということではなくて、私は家族なら監督義務はあるのではないかと思うし、大切な家族は守りたいと思います。ただ、判決文を読むと、介護に関与すればするほど監督義務が生じて、むしろ介護しないほうが責任は問われないの?ともとれるのかな、と疑問と不安が出てきます。
最高裁判決について感じたことはこちらに書いてます。
最高裁判決文
判決文は以下を参照しました。
裁判所HP:裁判例情報:最高裁判所判例集
平成26(受)1434 損害賠償請求事件
平成28年3月1日 最高裁判所第三小法廷 判決 その他 名古屋高等裁判所
ななのひとこと・ふたこと
一介護家族として率直かつ自分本位な意見を言わせてもらうと、「監督義務はあるけど、出来うる限りの介護をしていて監督責任は果たしているから責任は問わない」っていう判決だと、介護者は安心して介護できるのにな、と感じました。