親の死生観を知っていますか?知ることができない場合は?

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人生の最終段階にどうしたいか

以前母が入院した際、担当医から胃ろうや延命治療について言及され、ショックを受けたことがありました。それ以来、尊厳死や平穏死等について考えるようになりました。常に考えているわけではないけれど、頭の片隅にはいつもなんとなくもやーっとした気持ちを抱えています。

厚労省が平成25年に行った「人生の最終段階における医療に関する意識調査」で「人生の最終段階における医療について家族と話し合ったことがある者の割合」という項目があります。

「詳しく話し合っている」が2.8%、「一応話し合ったことがある」が39.4%、「全く話し合ったことがない」が55.9%(一般国民の割合。他に医師や看護師、施設介護職員の分類)。

人生の最終段階における医療に関する意識調査(PDFが開きます)

介護に対するいまの悩み

延命治療についてどう思っているかや死生観について母に聞いたことはありません。いまさら母に聞くこともできません。
だから、病気になった時の治療方針や、最終段階に直面した時にどう対処したらいいのか、私が決めなくちゃいけない。その重圧や責任に耐えられる自信がない。不安に押しつぶされそうになることもある。
頭の片隅にあるもやーっとした気持ちはそうしたことに起因しているんだと思います。

母の介護が始まって約7年。介護に関する悩みは少しずつ変化してきています。
初めは何が起きているのかわからず、母の言動にどう対処していいのか悩むことが多かったです。でも最近は、認知症の人にどう対応したらいいのかがなんとなくわかってきて母との関係性で悩むことはほとんどありません。母の体調の心配やこれからの過ごし方・生き方(自分自身のことも含め)をどうしたらいいのかなどが主な悩みです。

セミナー「死を語り合う文化構築 × レジリエンス」

そんな中、たまたまインターネットであるセミナーを見つけ、とても興味深い内容だったので参加してみました。

「死をタブー視せず語り合う文化構築」を目指して活動する団体Happyです倶楽部が開催するセミナー《死を語り合う文化構築 × レジリエンス》医師が伝える「人生100年時代の親子の終活~後悔しないためにすべての子世代が今からできること~」

誰にでもいつか必ず「死」は訪れます。「死亡率100%」です。両親や家族など身近な人が、突然、「死」に直面する事態に陥ったら、あなたはどのような行動をとりますか?それは明日、いや今日にも起こるかもしれません。
「死について語り合うこと」で、ポジティブに今を大切に生きる。そして「人生は死に方も含めてマネジメントするもの」と考えたいものです。

主な内容

  • 超高齢化者社会で起きている医療現場の実際
  • 明日あなたが直面するかもしれない現実
  • 家族の平均余命は?
  • 幸せとは何か?
  • ポジティブ心理学「PERMA」とは?
  • 親の死を考えたことありますか?
  • レジリエンスって?
  • ABC分析してみよう
  • この逆境にレジリエンススキルを活かす
  • 親の死生観を知っていますか?
  • そして、大切なたった1つのこと

はてな子犬

ある日突然に起こるかもしれないこと

講師は循環器内科に勤務する現役の医師おふたりで、講演だけでなく、参加者同士のワークショップと医師おふたりによる寸劇もありました。この寸劇では、実際に救急医療の現場で日々日常的に行われている医師と患者家族とのやり取りが表現されていました。

「昨日まで元気だったのに」「今まで病気なんてしたことなかったのに」「急にこんなことになってどうしたらいいのかわからない」
家族の率直な気持ちです。予期しなかったことが突然起こって動転する、判断できない。当然のことだと思います。

循環器内科では、心不全などで患者が救急搬送されるのは日常茶飯事です。先日亡くなられた大杉漣さんもそうでしたが、発症後まもなくや突然死する患者も少なくありません。治療方針や方法について家族が一刻を争って判断を迫られることも多々あります。

そんな時、家族はどうしたらいいのか。あらかじめ話し合っておけば、悩んだり迷ったりせずに本人の希望を叶えてあげられるかもしれない。
「死をタブー視せず、きちんと向き合うことで今を大切に生きることができる」という、当たり前だけど難しいことを改めて考えさせられました。と同時に、母と共有できないもどかしさも感じました。

気持ちが揺らぐことは当然。だって、怖いんだもん

参加者のおひとりが発言した内容で特に印象深かったこと。
「こうした会に参加する人は、自分も含め、延命治療や最終段階での医療について自分なりにいろいろと考えている人が多いと思う。それでも、いざその時になったら冷静な判断や事前に思っていた気持ちとは違う決断をしてしまう可能性は十分にあるのではないか」

それに対する先生の意見「それはある意味当然のこと。誰だって死ぬのは怖い。気持ちが変わることはなんら責められるものではない。命は有限だからこそ、普段からそうしたことに向き合って話し合い、価値観を共有することが大事」。

母の気持ちをはっきり聞くことはできないけれど、母とのちょっとした会話や、これまでの母の生き方や考え方、価値観などを思い返して、私なりに考えていくのが大切なのかな、と思いました。

ななのひとこと・ふたこと

エンディングノートについて意見はいろいろありますが、厚労省のHP内にあった、宮崎市の取り組み(わたしの想いをつなぐノート)を説明した資料がしっくりきたので、リンクを貼っておきます。

既存のエンディングノートは、延命治療を望むか望まないかの2択も多い。延命治療といってもさまざまで、どのような医療行為があるのかわからないまま判断することは難しい。本人の想いをつづっていく、大切な意思の存在とも言えるノート。「書きたくない」というのも大切な希望、「決めきれない」のもあっていい。

宮崎市における人生の最終段階における医療の取り組み(PDF)

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