はじめまして。会社員として働きながら、アルツハイマー型認知症の母を在宅介護している「なな」です。
母が認知症を発症して以来、戸惑いと混乱と悲観ばかりの毎日を過ごしていました。
でも、介護が始まって約4年が経ち、最近になってようやく少し気持ちが上向いてきたので、このブログを始めてみることにしました。
日々の介護生活を通じて感じることを綴っていこうと思います。
親が認知症になったら、どうする?
母が認知症を発症するまでの私は、35歳を過ぎても独り身でいることをいいことに、自由気ままな毎日を送っていました。
仕事もプライベートもそれなりに充実していて、忙しくも楽しい「当たり前の日常」を日々過ごしていたのです。
将来への不安が全くなかったわけではありませんが、そんな毎日が続くことに何の疑問も感じていませんでした。
でも、そんなお気楽な日々は、永遠に続きはしなかったのです。
当たり前に過ごしていた日常が当たり前ではなくなった
2010年頃、母はアルツハイマー型認知症を発症しました。
当時の私は、認知症についての知識が全くなかったので、何が起きたのか、何をどうすればいいのか、どうやって母に接したら良いのか、分からないことだらけでした。
だんだんと母のいる家に帰るのが苦痛になり、毎晩のように友達と飲みに行っては気を紛らわせていました。現実逃避以外のなにものでもありません。
そんな日々が2年ほど続き、そうこうするうちにも母の症状は少しずつ進んでいきました。
もしかして介護うつ?
私自身にも変化が起きました。
些細なことに対してイライラし、何をするのも億劫になり、人と会うことも面倒になって、出歩くことがめっきり少なくなりました。
母のいる家にはいたくないけど、他に行きたいところもなく、仕方なく会社と家を往復する、そんな生活に変わったのです。
不安と焦りで焦燥した毎日です。軽い介護うつだったのかもしれません。
良い意味での「諦め」=現状を受け入れるということ
今もまだ、不安や焦りが消えたわけではありません。
人と会うのを億劫に思うことも多いし、何か新しいことを始める気力も以前ほどには戻っていません。
でも、一時期のどん底は脱したような気がします。
介護歴はまだそんなに長くはありませんが、自分なりにいろんなことを学んで経験して、介護に対してなんとなくやっていけるような気持ちになったからなのかもしれません。
- 嘆いたり悲観しても、どうにもならないし、なるようにしかならない。
- 物事には、努力してどうにかなることとならないことがある。
- (認知症介護においては特に)現状を否定するのではなくて受け入れることが大切。
最近、そう思えるようになりました。
このブログを通じて発信したいこと
このブログに込める思いは3つあります。
- 自分の経験が少しでも誰かの役にたったり、参考になればいいな
- 認知症に対する社会の理解が広がってほしい
- 介護者に対する周囲の認識や理解が深まってくれると嬉しい
3つ目の「介護者に対する理解」というのは、直接的に何かしてほしいということではなくて、「介護者はこんなことを考えているのか」と関心を持ってほしいのです。
でもそのためには、まず介護者自身が情報発信していかなければ始まりません。
私なりに出来ることを、無理せずやっていこう
今後、母の症状が変化するにつれ、これまで想像できなかった辛い経験や悲しい思いもするかもしれません。
それでも、今は母と過ごす毎日がそれなりに楽しいし、母もできるだけ長い間、楽しいと思える時間を過ごせるように、私なりに出来ることをやっていこうと思います。